当スクールについて

当スクールは2017年4月、東京・新宿に開校しました。

スクールを開校する前には40年にわたり、医師・歯科医師・治療家等の医療従事者、及び現代医学、現代医療で良くならない難治な病気、症状を抱えた本人、家族に対するセミナー・ワークショップを始め、多種多様な分野で読脳法の指導を行ってきました。(下記「伊東聖鎬活動の沿革」参照)

「CW Happiness Philosophy 読脳」をベースに、まさに老若男女、多様な人々の悩みに実践的に向かい合ってきた中で「悩み求めることは、自分の脳が答えてくれる」ということを探究、体現してきた人間の叡智を学ぶことができる他にないスクールです。

伊東聖鎬 活動の沿革

  • 1975年5月 医師・歯科医師・治療家対象セミナー
  • 1977年 カイロプラクティックの全国普及のため器械・器具を開発
  • 1982年~83年 韓国治療界の要請で訪韓。連続セミナー
  • 1984年4月 治療医学研究所・臨床キネシオロジー学会 設立
  • 1985年1月 障害者(児)、ホスピス等を対象にしたCK学会 設立
  • 1985年3月 親と子の会
  • 1986年7月 小・中・高校生のための未来塾
  • 1986年5月 空間塾(大人のフリースクール
  • 1987年7月 男と女のいい関わり コミュニケーション
  • 1987年8月 ホリスティック医学シンポジウム 依頼講演
  • 1988年2月 駒沢大学駅伝部 メンタルトレーニング指導
  • 1988年10月 妊婦、産婦、赤ちゃんのためのマターナルケア指導
  • 1990年4月 保育園にて保母さん、お母さん、幼児教育セミナー
  • 1994年5月 女の幸せセミナー
  • 1997年6月 経営者、管理職、教育者対象セミナー、ITエンジニア対象セミナー
  • 1998年3月 L.H.C(ライフ・ヘルス・コミュニケーション)スクール
  • 2004年11月 医療者対象「その人研究・その人療法」セミナー
  • 2007年3月 生システム研究会 設立
  • 2011年11月 NPO法人 自分文化-安住村 設立
  • 2017年4月 読脳アカデミー・CWインターナショナルスクール開校
1984年 治療医学研究所・臨床キネシオロジー学会・カイロプラクティックセミナー

現代医学に疑問や限界を感じている医師、歯科医師等の医療者を対象に「病気や症状とは?」「治療とは?」「医療とは?」「人とは?」をテーマに開催したセミナー、講演、合宿

1985年 親と子の会

育児に悩むお母さんを対象に「赤ちゃん、幼児、子供とのコミュニケーションのあり方」を指導。母乳育児、自然分娩を行っている助産師とともに開催。お母さん達にたくさんの気づきと感動を与えました

1986年 未来塾(小・中・高校生対象)

小中高校生を対象に「登校拒否」「いじめ」「勉強」「進学」「友情」「恋愛」「就職」「社会」等のテーマで行ったコミュニケーション。朝日新聞で紹介され、教育関係者も注目しました

1986年 空間塾(自己実現のための場)

納得できる人生、自分らしい生き方を求める老若男女に、自分の可能性を思い切り追求しながら、共に生活、学び、仕事を行い、自己の成長を目指すフリースクール

1987年 男と女のいい関わり

男と女のいい関わりとは?男も女も幸せになるにはどうしたらいいのか?夫婦とは何か?結婚、離婚、男性原理・女性原理をテーマに取り組んだ実践的コミュニケーション

1987年 経営者、管理職セミナー

企業、自治体、社団法人からの依頼公演。カテゴリーを限定せず、さまざまなテーマで行いました

1988年 マターナルケア

自分自身の妊娠、出産の体験から、妊娠・出産・産褥期のケアの必要性を強く感じた女性を対象に、助産師と協力し、ケア技術を指導する「マターナル教室」を行いました

1990年 幼児教育

幼児教育は何をベースに行うのか。「その子のもともと持っている信号を読み、伸ばす」をテーマに、幼児教育の専門家や保育園から依頼を受けて行った講演会

1994年 女の幸せ

女の幸せとは?女の気づき。恋愛・性・結婚・離婚。女の自立。四十歳からの出発。本当に納得できる生き方を求める女たちに実践的にコミュニケーション、指導、協力を行いました

1998年 L.H.C.(ライフ・ヘルス・コミュニケーション)スクール

多くの人が夢や希望、生きている意味を見失ってしまっている社会において、健康に幸せに生きていく術を伝えられる人材の育成を目的に開校したスクールです

2004年 医療者対象「その人研究ーその人療法」セミナー

保険医療という枠を抜け出し、本当に納得できる医療、納得できる人生を求める医療者に対し、必要な技術や考え方を指導。またその実現に向けての実践的な協力を行いました。

2007年 生システム研究会 設立

保険医療という枠を抜け出し、本当に納得できる医療、納得できる人生を求める医療者に対し、必要な技術や考え方を指導。またその実現に向けての実践的な協力を行ったセミナー

2011年 NPO法人 自分文化-安住村設立

人と人が本当に信頼し、協力し合える関わりは、「個の尊重」「個の確立」の上に成り立つと考え、「自分文化」を推奨、活動するNPO法人を設立。

伊東聖鎬の歩み

 


 
小学生の頃の強烈ないじめ体験以降、理不尽な大人たちの対応、社会システムの矛盾など、あらゆる不整合を経験しながらも、そこから決して逃げることなく自分の頭で考え続け、可能性に向かってどこまでも現実社会を直視し挑戦、実践するスタンスを貫いた驚愕の人生。

 

第二の人生と設定した後半は、誰かのために生きる姿勢を貫き、姪の知的障害をきっかけに医療の世界に入り、「その人」の奥底に潜む真の求めを汲み出すための全く新しい独自の療法を開発。

まさに人類が有する「なぜ自分は生まれたのか?」「なぜ自分は生きるのか?」の追求を、生の全てを貫き、フル稼働させ続けてきた伊東聖鎬。

常に未知なる地平を追い求め、闘いの果てに至った境地は100%本源の極みだった。

伊東聖鎬の生き様を綴った本『歩み人 伊東聖鎬』の中から、いくつかの言葉を紹介します。


 

『すでに無関心、無感動、没個性に流れる社会へ、国へ、向かっていました。そんな中でも自分の生き方を掴まなければならない。
その為には、命をかけて闘うことも辞さない覚悟が必要でした。
それが私の歩んできた道でした。』

20歳前後で人生修行目的で日本全国放浪の旅に出る。
『100の地域で100の仕事を目指して』

『病気や症状を訴えているのは患者です。本来は患者が自分で自分の治療に取り組むのが一番。それなのに日本の医療にそのような考えはなく、医療者も一切協力しない。教育で教え込まれている。』

『国が国民のことを本当に考えてくれているなら、自分で健康を守れるような体制を用意し、そう教育してくればいい。しかし、そんなものは一切ない。つまり国民は、自分で人生を責任をもって生きていくことさえ許されていないことになる。』

『「国民」という意味を知っている人は少ない。「民」の語源も。
辞書には「ひとみのない目を針で射すさまを描いたもので、目を針で突いて見えなくした奴隷をあらわす。のち、目の見えない人のようにものが分からない多くの人々、支配下に置かれる人々の意となる」とある。』

『脳には宇宙が誕生する前の、何も無かった空間から「有」になった瞬間に発信された「ゆらぎ」が届いています。「ゆらぎ」とは「存在の意味、理由、必要」です。』

『読脳法は、まさにコミュニケーションそのものです。人間関係で悩んだり、どう生きていけばいいのか分からなかったり、病気や症状に見舞われて悩んだりしたときも、コミュニケーション能力を上げることで解決の道は開けるのです』

第一の人生で様々な不条理と闘い、『黄金に光輝く空間』を体験することで、自分の生きる意味を掴んだ。
第二の人生の目標は、自分の掴んだこの「生きる意味」を求める人々に伝えること。それが目標であり、自分の使命。


 

伊東聖鎬は現在、富士河口湖町に「安住村」を開設し、老若男女、障害者も皆仲間。相互に認め合い、協力し合い、作物はすべて自分たちで無肥料無農薬で育て収穫し、生活に必要なものは全て自分たちでつくる理想郷づくりの歩みを進めています。

 

▼詳しい内容はこちら

→CWコミュニティ構想

→ヒューマンエネルギー研究所